仙台市若林区の診療所  医療法人社団太陽会 仙台在宅支援たいようクリニック 【訪問診療・往診・予防接種】
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院長ブログ



 第138話 絵のある風景


投稿:院長

患者さん部屋には、これまでの家族の歩みを感じさせる様々なものがありますが、最もほのぼのとした気分にさせてくれるものは、お孫さんの写真や、お孫さんが描いた絵です。

 

ある患者さん(おじいちゃん)の部屋の壁には、お孫さんがこれまでに描いた絵がたくさん飾られています。

 

そのほとんどに、多くの生き物や人々がのびのびと描かれ、温かい家庭の雰囲気とあふれる生命力を感じ取ることができます。

 

きっと、おじいちゃんとおばあちゃんは、この絵からたくさんのエネルギーをもらっているに違いありません。

 

そして、別な場所には、おじいちゃんとおばあちゃんの似顔絵も見ることができます。

  

よく見ると、以前の似顔絵は、両者とも髪の毛は黒々として若々しく描かれていましたが、最近のおじいちゃんの似顔絵はすっかり白髪に、おばあちゃん似顔絵は染めた茶髪に変化していました(笑)。

 

しかし、全く変わらないのが、どの似顔絵も、二人が寄り添うように並んで描かれていることです!

 

お孫さんは、おじいちゃんとおばあちゃんの永遠に変わらない愛と絆をちゃんと見ているのですね。


お孫さん、すごい!

 

これから、この部屋にどんな絵が飾られていくことになるのかとても楽しみですね。

 

えっ、私からのリクエスト?

 

おじいちゃんとおばあちゃんが頬を寄せ合ったラブラブの似顔絵を期待しています!♥♥♥



2020年2月18日(火)


 第137話 追悼・野村監督


投稿:院長

211日未明 楽天イーグルス元監督の野村克也さんがお亡くなりになりました。

 

居ても立っても居られず、翌日、楽天生命パークスタジアムに設置された献花台に献花し、ご冥福をお祈りしてきました。

 

スタジアムで献花したのは、星野仙一さんがお亡くなりになった時以来です。

 

野村さんと言えば、選手として数々の偉大な記録を残された方ですが、当時スーパースターだった長嶋選手や王選手の陰に隠れ、選手時代のことはほとんど記憶がありません。

 

しかし、野村さんが楽天の監督に就任し、その数々のコメントや、数々の著書に触れる機会が増え、3人のうち、いつの間にか父のような存在として最も親近感を抱いてきました。

 

野村監督と言えば、ID野球と称される通り、データに基づいた緻密な方というイメージですが、最も力を注いだのが、そのデータを取り扱う選手の人間育成やファンサービスにあったと思います。

 

また、プロ野球界の中で、考えることと言葉で説明することの重要性をいち早く認識し、数多くの分析、思考、勉学から蓄積されたものを、私たちにもわかりやすい言葉に置き換えて、ユーモアたっぷりに、人間味たっぷりに表現されてきました。

 

そして、その言葉は、野村門下生として多くの野球指導者を育成し、さらに、野球に関わる以外の数多くの人達の心をも捉え、生きる指針になっています。

 

おこがましいのですが、ここからは医者目線で話をしたいと思います。

 

実は3年ほど前に、妻の沙知代さんがお亡くなりになり、癒えない悲しみから立ち直れずにいる様子や、人の助けを借りながらやっと歩く様子を拝見し、最近の健康状態を心配していました。

 

野村監督と言えば、ベンチにどっしりと座って采配を振る様子や、試合前に記者と懇談する様子が目に焼き付いていますが、「鶴は千年、亀は万年」というように、普段の生活でも極力無駄な動きをせず、どしっと座っている方が長生きするという「カメの理論」の実践者として知られていました。

 

おそらく、監督時代の長いホテル住まいによる生活習慣や、監督を退任し、さらに伴侶を失ってから、自宅に閉じこもる時間が増えてしまったのでないかと思います。

 

現在では、座っている時間が長いほど、歩行速度が遅いほど、寿命が短くなることが明らかとなっており、普段の生活では積極的に体を動かして足の筋力を維持することが勧められています。

 

少々ぼやきが入ってしまいますが、野村さんには、もっともっと歩いて、もっともっと長い人生を歩んで、もっともっと数多くの言葉を残してほしかったです。

 

野村監督、本当にお疲れさまでした。



2020年2月13日(木)


 第136話 即席・年の差カップル


投稿:院長

訪問診療では、私と当院の看護職員の二人でご自宅にお邪魔して診療しています。

 

ところが、過去にご夫婦で自営業を営まれていたBさんは、私達が夫婦で自宅を訪問していると誤解されており、看護職員のことを看護師さんとは呼ばずに「奥さん」と呼んでいます(笑)。

 

Bさんは、多少物忘れがあるのですが、とても明るい方で、当院に在籍しているどの看護師が訪問しても「奥さん」と信じ、いつも温かく迎えて下さいます。

 

当院には、年齢が〇代から〇代(内緒です)までの看護師が在籍しているので、私の“妻”は、年下から年上まで幅広い年代が揃っていることになります。

 

Bさんはとても品行方正な方なので、この先、私のことを「来るたびに別な女性を連れてくるふしだらな男」と軽蔑することにならないよう祈るばかりです。

 

当院は、あと1名の看護職員を募集しています。

 

「たいようクリニックの院長なんて、私のタイプじゃないわ!」という方でなければ、どうぞ奮って応募下さい。

 

あっ、もちろん男性看護師も大歓迎いたします(笑)。



2020年2月11日(火)


 第135話 羨望の的


投稿:院長

Aさんは、90歳を過ぎてから、事故や病気で全身に数々の大手術を受けられましたが、そのたびに見事に回復され、今も元気に生活しているスーパーおばあちゃんです。

 

そして、東京オリンピックのテレビ観戦に備え、昨年から着々と体の“手入れ”を行っていますが、その結果、同じデーサービスに通っている友人達から「羨望の的」になっているのです。

 

眼科で白内障の手術を受けたAさんは、「よく見えるようになった!」と友人に喜びの報告したところ、「あら〜いいわね!私も眼科に行きたい!」

 

皮膚科で顔の大きなイボを取ってもらったところ、それを見た友人から「あら〜いいわね!私も皮膚科に行きたい!」

 

耳鼻科で大きな耳垢を取ってもらい、「よく聞こえるようになった!」と再び友人に報告したところ、「あら〜いいわね!私も耳鼻科に行きたい!」

 

Aさんが行く病院は、このデーサービスに通う高齢者の行列ができるかもしれません。

 

しかし、よく見えるようになった当の本人は、「私の顔って小じわだらけだったのね」とちょっぴりがっかりしているそうです(笑)。

 

果たして、Aさんの小じわの運命はいかに・・・。

 

もしかしたら、次は「あら〜いいわね!私も美容整形に行きたい!」なんて、羨望の眼差しで見られることになるのかも?



2020年2月7日(金)


 第134話 信じる力


投稿:院長

患者さんには、キリスト教など特定の宗教を信仰されている方もいらっしゃいますが、信じる力というのは、患者さんの心の大きな支えとなっていることを実感します。


そのような患者さんは、気持ちにゆとりがあり、慈悲の心に満ち、学ぶことが多いのです。


中には、高齢で体が不自由となっても、教会で行われる礼拝に毎週出席される方もいて、信者同士が教会を中心とするコミュニティーを作って支え合っているようです。


日本では、仏教が日常生活や行事にも浸透していますが、多くは信者というわけではなく、また信者であったとしても、コミュニティーを形成して、一緒に活動することは少ないと思います。


仏教でいう「仏様」というのは、神を指すものではなく、人は誰でも悟りを開いて仏になれる素質があり、「仏教とは、人が仏になるための教え」と言えます。


一方、キリスト教には、万物の創造主である絶対的な神が存在し、「キリスト教とは、その神への愛、隣人愛を通して、神からの救いを得るための教え」と言えます。


したがって、「仏教の信者は仏を目指す修行者であり、その活動は個人を基本としている」のに対し、「キリスト教の信者は神に祈り、お互いを助け合う存在として、その活動は教会を基本としている」と言ってよいのかもしれません(もし、間違っていたらご指摘下さい)。


信仰している患者さんの診察を通して、宗教が、信仰しない人や他の教義をも尊重し、人々の幸福の実現を目指しているのなら、人がつながりを持って生きていくための理想的な一つの形なのかもしれないと感じています。


日本には、数多くの寺院や神社があり、参拝したり、祈願するために人々が訪れたりしますが、残念ながら、そこでコミュニティーが形成されることは少ないと思います。


そこで、寺院や神社も教会のように、人々がコミュニティーを形成し、声を掛け合う場所として利用できたら・・・なんて考えたりもしています(冷暖房完備にしないと、人が集まったりしないかもしれませんが・・・)。


戦乱の世を生き抜いた伊達政宗公の遺訓の一つに、「信に過ぐれば損をする(人を信じるばかりではだまされて損をする)」とあります。


私自身は信仰している宗教はなく、仏になろうと思っているわけでもありませんが、「人を信じてもだまされない、幸せな気持ちで過ごせる世の中になることを信じていたい」と思います。



2020年2月4日(火)


 第133話 性格は正反対だけど・・・


投稿:院長

私が見てきた仲の良いご夫婦には、趣味も性格も全く正反対というカップルもいらっしゃいます。

 

ある高齢のご夫婦ですが、昔から夫は無口で几帳面、妻は明るくおしゃべりでちょっぴり大雑把で、全く性格が正反対なお二人です。

 

このご夫婦ですが、妻はいろいろな物を自宅に持ち込んでは保管し、夫はなるべく物を貯め込まないように処分していたそうです。

 

何を保管して何を処分するのか意見が分かれ、たくさん喧嘩があったようですが、妻の物忘れが進むにつれて夫が優勢になり、今では部屋の中はゴミ一つなく、きれいに片付いています(笑)。

 

おかげで、床には一切の障害物がなく、足腰が弱くなった妻にとって、とても歩きやすいのです。

 

現在は、夫が妻を介護するようになり、お風呂では妻の体を丁寧に洗い、整理整頓は部屋の中だけでなく、妻の体の隅々まで及んでいます。

 

さらに、妻の身の回りの世話をすることが夫の生きがいとなり、自分の心の掃除・洗濯までされているのです!

 

このご夫婦のように、お互いにないものを補い合って、いつまでも仲良く生活できるって素晴らしいと思います。

 

もし、夫が妻のように、いろいろな物を自宅に持ち込んで貯め込む性格だったら・・・今頃自宅はゴミ屋敷?



2020年1月31日(金)


 第132話 ゆるやかな気持ち


投稿:院長

私が担当する患者さんを介護されているご家族の皆さんは、献身的な方が多く、いつも頭が下がる思いでいます。

 

しかし、一生懸命過ぎて疲労が溜まっている方も多く、「何でも100パーセントを目指す必要はなく、60点か70点ぐらいで良しとしましょう!」とアドバイスしています。

 

日本人は几帳面で、何でもきっちりやらなければ気が済まないという人が多いような気がします。

 

また、人間関係においても、几帳面さを相手にも求めすぎ、その関係がぎくしゃくすることもあるでしょう。

 

明治大学文学部教授の齋藤孝さんの知人男性で、結婚相手に求めるものとして、ほかの条件には一切こだわらず、「健康」「明るい」「料理がうまい」の3つの条件が揃った女性を見つけて、「うちの奥さんは最高だ!」と公言し、とても幸せな生活を送っている方がいるそうです。

 

結婚相手に求める条件には、「容姿端麗」「上品」「教養がある」「聞き上手」「趣味が合う」「献身的で優しい」「両親と仲良くできる」・・・などきりがありませんが、求める基準をシンプルにして自分が納得できる条件がいくつか揃っていればそれで十分に幸せ、という気持ちの持ちようは、とても大切だと思います。

 

ちなみに、患者さんを介護するご家族を数多く見てきて、私自身がとても良い!と思える家族の条件には、「思いやりがある」「ユーモアがあって明るい」「笑いが絶えない」です。

 

相手を思いやりつつ、ちょっとやそっとで深刻にならずに笑い飛ばす!そんな気持ちのゆとりを持ちたいものです。



2020年1月28日(火)


 第131話 善は急げ・電話急げ


投稿:院長

近年、高齢夫婦2人で生活していたり、独居の方が非常に増えています。

 

訪問診療では、こうした高齢者の心の内を感じることが少なくありません。

 

ある患者さんは、「友達から掛かってきた電話がとても嬉しくて、ついつい長電話してしまいました!」とニコニコしながら語って下さいました。

 

また、ある患者さんは、「お正月に娘から電話が掛かってきて、いろいろと世話を焼かれたのよ!」と世話を焼かれたことを、むしろ嬉しそうに語って下さいました。

 

普段は気丈に生活しているようでも、本当は寂しい思いをしながら信頼する人の電話を心待ちにしているのです。

 

ということで、私から患者さんへのアドバイスは、「掛かってきた電話の通話時間は長めに、自分から掛けた電話の通話時間は短めに!」です(笑)。

 

皆さんの中に、しばらく話していないけど大切な人がいたら、「善は急げ」ということで早速電話してあげてください!

 

そして、大切に思う気持ちを伝え、ちょっぴり電話料金の負担をお願いいたします。



2020年1月23日(木)


 第130話 医者が病気になる時


投稿:院長

私が医学生の頃、体調を崩した時に「病気を経験することでよい医者になれる」と先輩から言われたことがありますが、医者も様々な病気を経験します。

 

そして、自分が専門にしている病気のために、治療や介護が必要になることさえあります。

 

私の心に今も強く残っているのは、ある大学の教授をされたA先生です。

 

ある分野の専門医として長年活躍されてきましたが、ご自身が専門にしている病気が関係し、医療介護が必要になりました。

 

そして、医師として自分の病状を理解し、自らの運命を受け入れ、自宅で余生を過ごしたいという意思を示し、在宅医療を選択されました。

 

私が初めてお会いした時は、その肩書に緊張しましたが、権威を振りかざすことなく、私を含めたすべてのスタッフに対し、笑顔で迎えて下さいました。

 

そして、ご自宅では心穏やかに過ごし、ご家族や私たちが行うすべてのケアに対して口をはさむことなく温かく受け入れ、最期は最愛のご家族に見守られながら旅立たれました。

 

A先生は、人としての尊厳とは何なのか、身をもって示そうとされたのではないかと思います。

 

長年、認知症研究の第一人者であった長谷川和夫先生。

 

数年前、ご自身が認知症であることを公表されました。

 

長谷川先生は、認知症の早期診断を初めて可能にした長谷川式簡易知能評価スケールを開発し、痴呆症から認知症への名称変更を主導した大変有名な方です。

 

長谷川先生は言います。

 

「認知症になったことで、自分は本物の認知症研究者になれた」と。

 

様々な不安や葛藤と闘いながら、この心境にたどり着いたのは、認知症になったことで失うことばかりではなく、認知症になったからこそ得るものがあったからだとおっしゃいます。

 

それは、家族と過ごすかけがえのない時間、人とのふれあいや人に対する感謝の気持ち、認知症になったことで初めて気づくことができた感覚・・・。


そして、認知症研究への情熱、他者を和ませようとするユーモア精神は今も変わることがありません。


長谷川先生の姿をみて共感したことがもう一つあります。

 

それは、書斎は散らかっているほうが、気持ちが落ち着くということです!


先生は、認知症を生きるとは何か、自身のライフワークの集大成として示そうとされています。

 

医者と患者の両方を経験したからこそ発せられる、かけがえのない言葉の一つ一つを受け取っていきたいと思います。



2020年1月18日(土)


 第129話 限りあるからこそ・・・


投稿:院長

忙しくしていると、「1日がもっと長かったらいいのに!」とか、もっと欲の深い人だったら「時間が無限にあったらな〜!」とか考えてしまうことがあります。

 

しかし、もし人が無限の時間を手に入れてしまったらどうなるでしょうか?

 

やらなければいけないことが先延ばしになってしまい、人として堕落してしまうかもしれません。

 

努力することが疎かになり、人生の輝きが失われてしまうかもしれません。

 

学生の頃にしかできないこともなくなり、青春という言葉も生まれなかったかもしれません。


自分を見つめ直し、やりがいや生きがいを見つけようとする努力が失われてしまうかもしれません。

 

思い出が無数にありすぎて、その感動が薄まるかもしれません。

 

過去の失敗をいつまでたっても反省せず、社会や文明が発展しなくなってしまうかもしれません。

 

政治が間違った方向に進んだとしても、時の権力者がいつまでたっても交代せず、健全な民主主義が実現できないかもしれません。

 

先人達が築き上げた知恵、教え、芸術が受け継がれなくなってしまうかもしれません。

 

家族の絆が薄くなり、お互いを労わったり、気遣ったり、敬ったりしなくなるかもしれません。

 

人の生き様を語ることがなくなってしまうかもしれません。

 

家内安全、無病息災を祈ることもなくなり、どんと祭がなくなってしまうかもしれません(昨日、薬師堂に行きました!)。

 

命の重みが失われて、私はワーキングプアになっていたかもしれません。

 

人は、時間に限りがあるからこそ実現できること、成長できること、受け継ぐことができることがたくさんあるのです。


だからこそ、限りある時間を大切に、精一杯生きていきたいものです。

 

でも、やっぱり時間が足りない・・・せめて1日が25時間にならないかな・・・なんてありえない妄想は無限大?です。



2020年1月15日(水)

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