仙台市若林区の診療所  医療法人社団太陽会 仙台在宅支援たいようクリニック 【訪問診療・往診・予防接種】
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院長ブログ


 第180話 お盆の風景
投稿:院長

お盆は亡くなった祖先の精霊を迎えて感謝を捧げる日本の大切な行事の一つで、お墓参りするのが習わしです。

 

8月14日、ある患者さんの自宅マンションを訪問した際、隣の寺に広がる墓地を見渡したところ、それぞれの墓前はたくさんの花が飾られており、故人といつまでも心の中で繋がっている人の優しさに触れた感じがしました。

 

しかし、今年は、コロナの影響で外出を控えたり、親族が集まることができなかったり、体力が落ちてお墓参りができなくなったという方も少なくありません。

 

そんな、ある患者さん宅では、自宅の中に新たに祭壇を設けて、丁寧にお供え物や花を添えられていました。

 

そして、お墓や仏壇のお供えには線香が欠かせません。

 

古代の仏教には、死者はにおいだけを食べるとされ、良い香りの線香をあげることは、個人の霊を鎮め、極楽に導くという想いが込められているのだそうです。

 

そして、線香の香りは、私たち自身の煩悩を鎮め、心身を清めるという役割もあり、私自身、この香りを感じるといつも身が引き締まる思いになるのです。

 

今年のお盆は、訪問診療で着衣にしみ込んだ線香の香り(蚊取り線香の香りも混じっていますが・・・)と亡くなった私の祖父母や父の在りし日の姿を感じながら心穏やかに過ごしたいと思っています。



2020年8月15日(土)

 第179話 終戦記念日を前にして
投稿:院長

8月15日の終戦記念日を前に、この時期は太平洋戦争や原爆投下の話題がメディアでも取り上げられます。

 

多くの犠牲者を出した戦争。

 

戦争を知らない私たちでも、そこから何を学ぶことができるのか、何を学ぶべきか考えることができます。

 

2016年、当時のバラク・オバマ米国大統領が現職の大統領として初めて被爆地・広島を訪れ、演説を行いました。

 

オバマ大統領は、演説の中で「なぜ私たちはここに来るのでしょうか?広島へ」と何度も問いかけ、そして語りかけます。

 

そして最後の問いかけの中で「愛する人たちのことを考えるかもしれない、そのためにです。子供たちの朝の微笑み。食卓でそっと触れる伴侶の手のやさしさ。心地よい親の抱擁。そして知るのです。それと同じ家族のかけがえのない瞬間が71年前にあったことを。犠牲になった方は私たちと同じなのです」と述べています。

 

原爆を開発製造し、広島・長崎への投下に主導的な役割を果たした米国の軍幹部は、数年後被爆地を訪れ、徹底的に破壊された街や、後遺症に苦しむ人を目の当たりにして、「広島と長崎は、この恐ろしい兵器が私たちの手で、そして私たちに対してけして使用されてはならない理由を示す証である」とその手記の中で述べています(※)。

 

一方、原爆を投下された日本。

 

一部の指導者は、米国が原爆を開発したという情報を得ていたものの、深刻に考えてはいませんでした。そして、多くの犠牲者を出し、最悪の結末を迎えるまで戦争終結の判断を下すことが出来ませんでした。

 

時の指導者の思惑、行動、決断の果てに多くの尊い命が失われる戦争。

 

しかし、今もなお、世界中に、憎悪、差別、誹謗、中傷・・・人々を分断させる力が無くなることはありません。

 

長崎に原爆が投下された後、患者の治療にあたっていたある医学生は、それでも神になお祈りを捧げるクリスチャンをみて、最初はなぜこんな惨い試練を与える神に祈りを捧げるのか疑問に思ったそうです。しかしのちに、「その祈りは、原爆を落とした人も含めて人間が犯した罪に対する謝罪の祈りだったのではないか。全てを失った人間の最高の尊厳を見たのではないかと思うようになりました」と懐述しています(※)。

 

私たちは、一度下した決定や行動の果てに何が起こるのか想像しなくてないけません。

私たちは、一度下した決定や行動を内省する謙虚さを持たなくてはいけません。

私たちは、一度下した決定や行動を時に止める勇気を持たなくてはいけません。

私たちは、人としての尊厳とは何なのか考え続けなくてはなりません。

 

※8月6日に放送されたNHKスペシャル 「証言と映像でつづる原爆投下・全記録」より

 



2020年8月10日(月)

 第178話 とりあえず寝よう!
投稿:院長

Tomorrow is another day.

 

これは、マーガレット・ミッチェルの長編小説「風と共に去りぬ」の主人公スカーレット・オハラが様々な困難に遭遇した時にとおまじないように口ずさむ言葉として有名です。

 

日本語に訳すと「何もかも明日考えよう」「明日はなんとかなるさ」「明日に望みを託そう」「明日は明日の風が吹く」「明けない夜は決してない」などなど、様々な訳し方があり、スカーレット流の建設的な「あとまわし戦略」なのです。

 

翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子さんによれば、講演会のワークショップの中で、この「Tomorrow is another day.」をある高校生に訳してもらったところ、「とりあえず寝よう」という回答があったそうです。

 

鴻巣さんは、この「とりあえず寝よう」という言葉は、微笑ましくも、ご自身にはとてもしっくりくる絶妙な言いまわしで感心されたそうです。

 

そういえば、私も「頭の体操(認知症予防)」で中学校の数学の問題を解いたりしていますが、どうしても答えが出ないとき(負けず嫌いなので回答できるまで絶対に答えは見ない)、一晩寝てから再び問題に向かうとあっさりと問題が解けたりします。

 

さらに、プライベートや仕事上の問題にぶつかったとき、「どんな説明をしよう?」「どんな接し方をしよう?」「どのように解決を図ろう?」と迷うことが少なくないのですが、こんな時も一晩寝ると、寝ている間にふっと自分なりの解決の筋道が頭に浮かんできたりするのです(悩みが深いと眠れないこともあるのですが・・・)。

 

というわけで、ある雑誌で鴻巣さんの体験を読んだ時、自分にも重なることが多く「ああこれだ!」と妙に感激したのでした。

 

ところで、ブログに何を書くか全く思い浮かばなかったときどうするか?

 

とりあえず寝よう!(笑)


2020年8月5日(水)

 第177話 生きるかたち
投稿:院長

最近、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という神経難病の患者さんに対する嘱託殺人が話題になりました。

 

この女性は、徐々に進行する病状の中で人工的に生かされていることに悩み、医師に「自殺ほう助」を持ち掛けたとされています。

 

私が受け持つ患者さんにも、同じような病気の方が複数いらっしゃるのですが、中には、人生で今まさに脂が乗り切った中で発症された方もいます。

 

そして、私が知る限り、その半数以上は、食べられなくなった時の人工栄養や人工呼吸は望んでいません。

 

そんな患者さんから感じることは、そうなるまでに精一杯生きよう、そして最期は自然な形でその時を迎えようという意思です。

 

そして、この患者さんは、この瞬間も、残された時間を大切に誠実に生きていらっしゃいます。

 

しかし、一方で、人工呼吸や人工栄養を受けながらも、その中で生きがいを見出し、けして生かされているのではなく、精一杯自分らしく生きようとしている方も少なくありません。そして、その姿は家族の生きがいにもなっているのです。

 

人は同じ病気であっても、生きるかたちは様々です。

 

もちろん、今の日本で、お金を受け取って薬物を投与したとなれば、けして許されることではありません。

 

しかし、亡くなった患者さんが、進みゆく病気の中で「望まない人生」「生かされている人生」と感じるようになるまで、彼女の意思がどこまで届いていたのか、何か他にできることはなかったのかと考えています。


2020年8月3日(月)

 第176話 私設応援団
投稿:院長

独居の高齢者が増え、身体が衰えてくるとだんだん生活に支障が出てくるようになります。

 

独立して実家を離れてしまった子供たちは、親に対して老人ホームへの入所を勧めたりしますが、当の本人は自宅以外での生活を頑なに拒むことも少なくありません。

 

そんな時、親族から「先生から本人を説得してほしい」と依頼されることがあります。

 

このような場合、一般的には、老人ホームとか老人施設という言葉を使うことになりますが、特に「施設」という言葉は、「収容される場所」という印象が強いせいか、なかなか好意的に受け入れられません。

 

そんな私も、かつて、自分の子供たちが言うことを聞かないと「わがままばかり言っていると施設に入れられてしまうよ!」なんて言っていたこともありました・・・。

 

そこで、ネガティブなイメージが付きまとう「施設」という言葉は使わずに本人に説得を試みることになります。

 

「リハビリやお風呂が楽しめる“保養所”に行ってみませんか?」

「安心して生活ができる“設備”を利用してみませんか?」

「至れり尽くせりで快適に過ごせる“住宅”に行ってみませんか?」

「皆が助け合って暮らす“仲間”になってみませんか?」

 

とまぁ、さまざまな誘い文句を駆使してみるのですが、説得する私も内心は「できるだけ住み慣れた自分の家で生活させてあげたい」と考えているせいか、イマイチ本気になれず、説得が成功した試しがありません。

 

長年自宅で生活してきた高齢者にとって最も快適な生活空間とは、清潔な床や壁、クリーニングが施された寝具、バランスの良い食事ではなく、家族のにおいが染み込んだ柱や畳、窓から眺められる庭の松や花、ちょっと古くなった布団、食べ慣れた茶碗や箸だったりするのです。

 

ということで、私自身は、老人施設の入所を勧める“施設応援団”ではなく、それぞれの生活を支える“私設応援団”の役目を果たして行きたいと考えています。

 

「住み慣れた場所で自分らしく生活できるよう、お手伝いさせてもらえませんか?」


2020年7月14日(火)

 第175話 愛情表現
投稿:院長

夫が妻に対して、自分の愛情の気持ちを伝える機会は少ないのではないかと思います。

 

特に、高齢の方ほど、妻の存在は当たり前になりすぎて、今さらそんな言葉を連想することさえなってしまったか、本心ではそう思っていても本人の前では照れて言えないのです。

 

しかし、患者さんの中には、妻に対してちょっと変わった言い方で愛情表現される方がいます。

 

Aさんの診療を行っていた時のことです。

 

Aさんに向かって「何か趣味はあるのですか?」と尋ねたら、返ってきたのが、奥さんの名前で、さらに「今食べたいものは何ですか?」と尋ねても、これもまた奥さんの名前でした(笑)。

 

Aさんにとって奥さんの存在とは、自分の中に取り込んでしまいたいくらい大切なものだったんですね。

 

話が変わりますが、ご自宅でお亡くなりになったBさんの奥さんに、後日、挨拶に伺った時のことです。

 

そこで、奥さんが自宅でのBさんの様子を私に語ってくださいました。

 

それは、Bさんが亡くなる数日前、奥さんに向かって感謝の言葉とともに「お前がいてくれれば何も要らない」と話されたそうです。

 

Bさんにとって奥さんの存在とは、自分の癒しそのものだったのですね。

 

Bさんの奥さんは、その言葉を胸にこれからも力強く生きていかれるでしょう。

 

「お前がいてくれれば何も要らない」

 

こんなかっこいい言葉を言えるかな?

 

やっぱり(恥ずかしくて?)言えないな・・・。


2020年7月8日(水)

 第174話 昔の習慣
投稿:院長

患者さんの中には、昔、看護師をされていた方がいます。

 

看護師が、患者さんの状態の推移を記録する温度板というシートがあるのですが、ある患者さんは、自分の血圧、脈拍、体温、体調や便通など細かく記録し、セルフケアに利用されています。

 

診察では、現役さながら、きれいに書き込まれた温度板を参考にしながら、薬の調整などにとても役立っています。

 

別な患者さんは、歩行も食事のスピードもとても速いそうです。それは、病院に勤務していた頃、とても忙しく病棟内を歩き回り、少ない休憩時間の中で掻き込むように食事をしていた習慣が今も残っているようなのです。

 

そういえば、私が研修医で外科に配属されていた頃、「緊急の事態にいつでも対応できるよう食事はテキパキと済ましておくように」と先輩医師から言われたことがあります。

 

私は、今ではその忠告をすっかり忘れて(笑)、食事はゆっくりと食べるようになってしまったのですが、それぞれの患者さんに今でも残るプロ意識にいつも感心しています。

 

ところで忙しい看護師の皆さん、将来、食べ物を喉に詰まらせないよう(?)、せめて食事だけはゆっくりよく噛んで味わって食べませんか? 


2020年7月2日(木)

 第173話 魅せる
投稿:院長

ある老人施設に入所されている90歳台のSさんの肌はとてもきれいです。

 

それどころか、くりっとして大きな瞳、スッキリと通った鼻筋、小さくて真っ赤な唇・・・今も昔の容姿がイメージできるくらい端正な顔立ちをした方です。

 

ある日の診療で、施設の職員が「Sさんは、今でも自分でスキンケアを欠かさないんですよ」と、今もSさんが使っているたくさんのスキンケア用品や化粧品を見せてくれました。

 

話を聞くと、Sさんは昔、某総合病院の受付嬢で、その美貌に数多くのドクターが言い寄ってきたのだそうです。

 

しかし、Sさんは、軽薄なドクターではなく(?)、ドクター以外の優しい旦那さんと幸せな結婚生活を送られたようです。

 

今は、認知症が進んだSさんですが、自分を魅せるための習慣や雰囲気は今でもちゃんと残っているのですね。

 

会えばいつも優しい笑顔で迎えてくれる、そんなSさんにいつも魅せられてしまっている私です。


「Sさん、今度の診察でまた楽しくおしゃべりしませんか?」


2020年6月29日(月)

 第172話 ○○科的には・・・。
投稿:院長

私が総合病院に勤めていた頃のことです。

 

患者さんが様々な症状を訴えて各科の専門医を受診した場合、その医師の専門領域の病気の有無だけを検査して異常がなければ、「○○の症状の方ですが、○○科的には異常がありません。診察をお願いします」という内容で、私が所属する総合診療科に紹介されてくるケースがたびたびありました。


専門医にとっては、「自分の専門領域の病気だけは絶対に見逃すわけにはいかない」という意識が働き、専門領域だけの検査をするのは当然で、そんな紹介を受けた時は、「自分の腕の見せ所」と感じて診察したことを覚えています。


しかし、ある研修医に私が鑑別診断を指導したことがあったのですが、その研修医が数年後に専門医になった途端「○○科的には・・・」という言葉を当たり前のように使うようになっているのを見て、ちょっと寂しさを感じることもありました。

 

話が変わりますが、先日の訪問診療で、ある高齢の女性患者さんを診察していた時のことです。

 

私が、「どこか痛むところはありませんか?」と聞くと、患者さんが、「内科的には痛みはありません」とお答えになりました。

 

患者さんにとって私は「内科の医者」で、膝とか腰とかの痛みを訴えるのは失礼だと感じたようです。

 

○○科的には・・・」という久しぶりに耳にする言葉を、しかも患者さんから聞くなんて全く予想外でした。

 

きっと、患者さんが過去に病院を受診して、主治医の内科ドクターに健康相談した時、「内科的には異常がないので、○○科に行って相談して下さい」と言われたことがあるのでしょう。

 

私は、この患者さんに対して「内科以外の相談でも構わないですよ。外科、眼科、耳鼻科、皮膚科、肛門科・・・○○さん的に気になるところがあったら何でも良いので遠慮なく相談して下さい。あっ、産科と小児科以外でお願いします!」とギャクを飛ばしたところ、患者さんは、「歯科的」に入れ歯が飛び出すのではないかと思えるくらいの大爆笑でした。

 

お年寄りが見せる屈託のない朗らかな笑顔っていいもんですね〜。この笑顔にいつも「精神科的」に癒されている私です。


2020年6月24日(水)

 第171話 言葉の栄養ドリンク
投稿:院長

最近、すっかり起動が遅くなった私用のパソコンを買い替えました。

 

そこで、機種よりもまず、ユーザーから評価の高い中古パソコン店を選ぶことにしました。

 

それは、激しい競争の中で生き残っていくには、ユーザー目線に立って、ほかの店との違いを出して成功している店を選んだほうが、自分のニーズに合ったパソコンを提供してくれると思ったからです。

 

そこで、起動が早く、しかも、初期設定がしっかりしていて、メカに弱い私でも届いた日から簡単にセットアップできる商品を提供していること、アフターサービスがしっかりしていること、という条件で店を選ぶことにしました。

 

ネットであれこれと検索していると、東京のある中古パソコン店が目に留まり、「これは間違いない」と感じてさっそく注文して送ってもらうことにしました。

 

2日後、注文したパソコンが自宅に届き、取り扱い説明書の指示通りにセットアップしたらあっという間に起動し、サクサクと動いてくれるので大満足でした。

 

数日後、商品レビューを書いて送ったらメールが送られてきました。

 

そこには涙を誘うような次のような文章が書いてありました(カッコ内は、私の心の中のつぶやきです)。

 

開店当時は、わずかな資金と数人のメンバーだけで、小さな事務所で机を並べて、将来の夢を語り合ったのがまるで昨日の事のように思い出されます。」(夢を語り合うっていいな。小さな事務所か。うちのクリニックみたいだな・・・。)

「社会的な信用は低くく、商品の仕入れは細々と行い、思ったように商品をお届けできず・・・。次から次へと障害が立ちはだかりましたが、その苦しい出発を支えてくれたのは、周りの人たちの手助けと、お客様の声でした。」(クリニックでもいろいろと困難があったけど、ここまでやってこられたのは、患者さんや家族の皆さん、ケアマネージャーさん、訪問看護師さん、介護スタッフの皆さんのおかげだな・・・。)

「お叱りのメールには業務改善のヒントがたくさん詰まってますし、お褒めの言葉は、日頃の疲れが吹き飛ぶ最高の栄養ドリンクです。」(自分たちも、関わってくれる人たちの笑顔や感謝の言葉は、日頃の疲れが吹き飛ぶ最高の滋養強壮剤だな。)

 

もちろん、商品レビューではこんなに素晴らしいパソコンを安価で提供してくれたこのメーカーに、最高ランクの評価と「言葉の栄養ドリンク」を贈ったのでした。

 

最近、人を中傷するネットの書き込みが最悪の結果を招いてしまうという不幸な出来事がありましたが、不満足な時は中傷ではなく激励のエール(建設的な提案というヤツです)を贈り、満足した時には称賛の言葉を贈ったほうが、お互いにハッピーな気持ちになれるというものです。

 

どこかのCMではありませんが、同じ日本人同士、言葉の栄養ドリンクを贈りあって、「ファイトーイッパーツ」の気持ちで乾杯したいものですね。


2020年6月18日(木)

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