仙台市若林区の診療所  医療法人社団太陽会 仙台在宅支援たいようクリニック 【訪問診療・往診・予防接種】
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院長ブログ


 第41話 スマホは善?それとも悪?
投稿:院長

スマートフォンの普及率が上昇し、電車の中でもレストランでもスマホに夢中になっている人が非常に多いです。

 

しかし、最近はスマホの弊害も叫ばれるようになってきています。


子供がスマホを操作する時間が長くなるほど学校の成績が低下し、使い過ぎによる大脳の発達の遅れが指摘されていますし、働き盛りの年代でもスマホの使い過ぎにより、感情や意欲などをつかさどる脳の前頭葉の血流が低下し、もの忘れ、判断力や意欲の低下、感情のコントロールが難しくなるといった弊害が指摘されています。

 

一方、高齢者の場合、スマホを使用することにより、SNSを通した他者との交流や機器の操作による認知症の予防効果などが示されており、果たしてスマホは人の健康にとって善なのか悪なのかわからなくなってしまいます。

 

この点について、スマホが人の健康に与える影響は、スマホの使い方によって変化するのではないか、と考えています

 

若い方のスマホの使い方をみると、絶えずスマホの画面に向き合う「ながらスマホ」の状態になっていることが多く、もし、スマホがないと精神的に落ち着かない、メールの着信音が空耳で聞こえるようになっているとしたら「スマホ中毒」はかなり重症かもしれません。

 

こうなると、スマホを使うのではなく、「スマホに使われてしまっている」「スマホに支配されてしまっている」といった方がいいのかもしれません。

 

一方の高齢者の場合は、楽しみながらスマホに向き合い、かといって使う場合でも短時間で済ませ、スマホを使っている時間とそれ以外の時間を区別しながら使っている方が多い気がします。


人間の脳というのは、情報を得るばかりでなく、それを整理する作業が必要ですが、四六時中、いろんな情報ばかりが入ってくるのにそれを整理する時間がないと、情報処理が追い付かず「脳疲労」を起こしてしまうのです。

 

外を歩いた時は、新鮮な空気を吸って季節の変化を感じ、食事をする時は、食材一つ一つのおいしさを味わい、電車に乗った時は、移り変わる外の景色の変化を楽しむ(それとも人間ウオッチ?)ことも必要だと思います。

 

「スマート」とは英語で「賢い」を意味し、端末が持つ多様な機能と照らし合わせてスマートフォンと呼ばれるようになったのですが、賢さが求められているのは私達人間のようです。




2019年3月6日(水)

 第40話 おねだり
投稿:院長

介護が必要な高齢者の中には「みんなに迷惑をかけるので、もうこれ以上長生きしなくてもよいのですが・・・」という方が少なからずいらっしゃいます。

 

表情をみると、とても深刻という雰囲気ではなく、いつも礼儀正しく迎えて下さいます。

 

このような言葉に対して、どう返事をしたらよいのかずっと迷ってきました。

 

当初は「そんなことないですよ。これからも是非長生きして下さいね」と当たり障りのない返答をしてみたものの、私自身、どこかすっきりしないものを感じていました。

 

人は、自分のことになると無頓着だけれど、他の人のためだったら喜びを感じて頑張れるということがあります。


裏を返せば、「長く生き過ぎてしまった」と考える謙虚な方は「人に迷惑ばかりかける自分には、これ以上生きる価値がない・・・」と考えてしまうもの。

 

色々考えた末、そのような方に対して次のように返答することにしています。

 

「〇〇さんが今までご家族や社会に貢献して下さったおかげで私達が安心して暮らせるのです。お会いできたことをとても感謝しています。時には沈んだ気持ちになるのは人間だから当然です。しかし、〇〇さんの笑顔を見るとそれだけで私は嬉しくて安心できるのです。〇〇さんにお会いできることをいつも楽しみにしているので、これからもとびきりの笑顔で迎えて下さるととても嬉しいです」

 

よく考えれば、年齢や考え方が違っても、私達は同じ日本人として今の世を生きる同志のようなものです。

 

今までの人生に敬意を表し、出会いに感謝し、笑顔を“おねだり”することで、少しでも生きがいを感じてもらえたらと考えています。



2019年3月4日(月)

 第39話 涙の先には・・・
投稿:院長

悲しみで泣いている人に向かってどう慰めるのか言葉が見つからず、「もう泣かないで、元気を出して」と声をかけることがあるかと思います。

 

しかし、「感情の涙を流す」というのはあらゆる動物の中で人間だけが持つ特性と言われており、この特性を我慢することは果たして良いことなのでしょうか?

 

実は、感動や悲しみなどの情動の涙には、緊張やストレスを緩和し、心身をリラックスさせる作用があるのです。


例えば、子供は泣き終わった後にぐっすりと寝てしまい、起きた後には泣いていたのが嘘のように明るく元気になっていたということがありますし、思いっきり泣いたら気持ちがすっきりしたという経験を持っている人も多いと思います。

 

一方、泣くことを我慢するとストレスをため込み、緊張状態が続いてしまう可能性があるのです。

 

したがって、目の前で泣いている人に向かってこんな風に優しく語りかけたいものです。

 

「あらっ、泣いているの?悲しい時はね、気の済むまで泣いたっていいのよ」・・サザエさんのお母さん風に。

 

「さあ泣きな。悲しい時はな、いくらでも気の済むまで泣いたらいいんだよ」・・男はつらいよ 寅さん風に。

 

最近めったに泣かないという人には、ずばり「泣く技術」という本が発売されていますので、上手に泣くために“涙ぐましい努力”をしてみてはいかがでしょうか?


ところで、これからピークを迎える花粉症の涙、玉ねぎを切った時の涙にはリラックス効果は全くありませんので、こちらの涙はしっかり予防しましょう!


2019年2月27日(水)

 第38話 ピンピンコロリは理想?
投稿:院長

よく、自分が死ぬときはピンピンコロリで逝きたい、などと言われますが本当にそうでしょうか?

 

おそらく、ピンピンコロリが望ましいと考える人には、「長い間の介護で家族に迷惑をかけたくない」という気持ちが少なからずその根底にあるようです。

 

しかし、突然の死というのは、人生でやり残したことがある、大切な人とのお別れの時間が十分にできない、ということにもなりかねません。

 

私は、理想の死というのは、「自分の人生を後悔なくやり切る」「自分の死を受け入れられる」「苦痛が少なく穏やかに過ごせる」「お別れの時間の中で大切な人と思いを伝えあうことができる」というところから生まれるような気がしています。そして、それは自分の人生を振り返り、自分が生きてきた意味を見いだす貴重な時間を作り出すことから始まります。


そして、残された家族は、最愛の人を亡くすという悲しい出来事の中にも、十分にやり尽くした、思いを伝えあった、というポジティブな経験を通して、最愛の人の思いは家族の中で生き続け、家族が前を向いて生きる原動力になっていきます。

 

医師として多くの患者さんのお看取りを行ってきた経験から、多少寝込むことがあっても、徐々に死に向かっていくという「ネンネンコロリ」という最期も、人としてけして悪くはないのではいか・・・そう考えるようになりました。

 

理想の福祉・医療・介護とは、「寝たきりになったら家族に迷惑がかかってしまう」という発想が生まれない、皆で支え合い分かち合うことのできる社会を実現することかもしれません。

 

病気や介護で不安になった時は、まずは遠慮せず周りに相談してみましょう。きっと手を差し伸べてくれる人がいるはずです。

 

新しい出会いが、皆で支え合い分かち合うという第一歩なのです。



2019年2月24日(日)

 第37話 サンドウィッチの味
投稿:院長

お笑い芸人サンドウィッチマンが人気です。最近のアンケートでは、好きなお笑い芸人のトップにランクインしたそうです。

 

人気の秘密には、二人の厚い信頼関係、幅広い年代に通じるコント、コワモテの人相から想像できないほのぼのとした人柄、そして強い地元愛がその理由にあるのは言うまでもありません。


このサンドウィッチマンの良さが最大に発揮されているのが、NHKで時々放送される「病院ラジオ」という番組です。

 

この番組は、ある病院の敷地内にテントを設置して臨時のラジオ局を構え、病院に入院している患者さんやそのご家族が二人の前で様々な思いを語り、リクエストした思い出の曲と一緒に病院内のラジオで流すという内容です。

 

そこには、出演者の葛藤や悲しみ、喜び、希望、感謝といった様々な思いが交錯します。

 

サンドウィッチマンの二人は、感動を煽るような演出をするわけでもなく、淡々とした口調で出演者の思いを受け止めていきますが、二人の包み込むような雰囲気が出演者の本音を引き出し、自然と涙と笑いが溢れる展開になっていきます。


これをテレビで視ていた私は、患者さんが自分の本音を語りたくなるような雰囲気作りは、大いに参考になりました。

 

きっと、サンドウィッチマンという芸名の由来は、二人でユーモアをW挟み込む‟という意味に違いない・・・。

 

こう勝手に想像して調べてみると、3人のお笑いトリオだった時代があり、3人目のメンバーが小柄で、ふくよかな伊達みきおさんと富澤たけしさんに挟まれるとまるでサンドウィッチが連想されることからこの芸名が付いたそうです。そしてなんと「三途の川」という候補もあったらしいのですが、この芸名になっていたら病院ラジオにはとても出演できなかったというわけです。

 

サンドウィッチマンは、いろんな魅力が挟まっている「ミックスサンド」のような味なのですね。

 

「サンドウィッチマン、いい味出しているじゃないか!ウマーベラス!」と多くの人がつぶやくような大活躍をこれからも期待しています。

 

※ウマーベラスというのは、出演するTBCテレビ「サンドのぼんやり〜ぬTV」の中で、各地の特産品を食べた時に発する「うまい」と英語の「マーベラス」を掛け合わせた決めゼリフで、最近これにちなんだ曲も発売されました。


2019年2月21日(木)

 第36話 2つの幸せ
投稿:院長

幸せには2種類あるといわれています。

 

1つは、好きなことをして欲求を満足させているときに感じる幸せで、「快楽追求型」と言われています。例えば、美味しいものを食べた、ほしい服を買った、宝くじが当たった時に感じる幸福感です。

 

もう一つは、自分に生きがいを感じているときの幸せで、「生きがい追求型」と言われ、自己実現のために努力し目標を達成したり、モノを創造したり、社会に貢献し、他の人の役に立った時に感じる幸福感です。

 

この2つの幸せはどちらも同じように思えるのですが、遺伝子の働きは全く別なのです。


生きがい型の幸福を感じている時は、老化や成人病、がんの原因になる慢性炎症を抑える遺伝子の発現が増えるのに対し、快楽による幸福を感じている時は、慢性炎症の原因になる遺伝子の発現が増え、なんとこれは人間がストレスを受けた時の反応と同じだったというのです。

 

どうせ働くなら、会社の収支ばかり気にし、上司の顔色をうかがってばかりいるのではなく、お客さんに喜んでもらえた、社会に貢献できたというやりがいを感じながら働いた方が良いということなのです(ある自動車業界で報道されていることが事実とすれば、会社の資金で私腹を肥やすような働き方は、実は自分の健康に悪い!ということ)。

 

そもそも、華奢でひ弱な私達人類が厳しい生存競争を生き残ったのは、生きる目的のために道具を生み出し、仲間同士で力を合わせて協力し合い、集団力を身につけたからなのです。

 

従って、この遺伝子の働きが示すものは、目標を持って生きる、自分の弱さを自覚して他者と協力しながら生きるという人間本来の生き方をしなさいということなのかもしれません。


医療・介護の仕事は、人々と協力しながら人の笑顔を生きがいにできる、人間本来の生き方ができる素晴らしい仕事ではないかと自覚し、誇りを持って仕事に取り組んでいきたいと思います。


2019年2月19日(火)

 第35話 言葉を伝える
投稿:院長

先日、競泳の池江璃花子選手が白血病を公表し、競泳選手としてはもちろん、彼女の人間性から国内外から様々な励ましが届いているそうです。

 

私が子供の頃、「赤い疑惑」というドラマの中で、山口百恵さんが白血病を患いながらも医師を目指すヒロイン、三浦友和さんが彼女を支えるフィアンセという役柄で共演し、子供ながらに固唾をのんでテレビを見ていた記憶があります。

 

当時、白血病は不治の病とされ、恋人同士の固い絆で様々な困難を乗り越えながらも、番組は悲しい結末に向かって進んでいきます。


しかし、医学の進歩で、今や白血病は完治できる病気になってきており、池江選手には希望を失わず、焦らずに治療を受けてほしいと思います。

 

今回の池江選手のように、身近な人、よく知っている人が困難に直面した時、すぐに掛ける言葉が出てこないということも少なくありません。

 

そんな場合は、率直に「どんな言葉を掛けたらよいのか、自分にはうまく言葉が見つからないのですが・・・あたなには・・・ほしい」と伝えたとしても、あなたのことを思っていますというメッセージはけして色あせることはありません。

 

一方、池江選手の場合、選手である前に一人の人間として健康な体を取り戻すことが最優先されますので、今の時点で「元気になって東京オリンピックに出てほしい」と伝えるのは必ずしも適切ではないかもしれません。

 

しかし、池江選手は幼い時から水泳に情熱を注ぎ、競泳選手であることを自分の最大の誇りにしていたはずなので、アスリートとしての池江選手に触れることはむしろ自然です。

 

さらに、アスリートは「自分を支えてくれる方々や応援してくれる方々への感謝」を盛んに口にし、感謝の気持ちを競技へのエネルギーにしているので、「自分はあなたと応援しています」というメッセージをしっかり伝えたいものです。


「今までアスリートとして水泳に注いできたエネルギーを、しばらく治療に向けてほしい。自分のために、家族のために、応援する人のためにこの試練を乗り越えてほしい。今まで辛い練習にも立ち向かって喜びや感動に変えてきたあなたを心から応援しています」

 

これは、一人のファンとして私なら池江選手にどんな言葉を伝えるのだろうか・・・と考えた末にたどり着いた言葉です。

 

「乗り越える」・・・この言葉には、乗り越えた先に、さらに成長した自分が待っているという意味が込められ、「頑張る」「元気になる」という言葉では言い尽くせない深い意味がそこにあり、私が好きな言葉の一つです。



2019年2月16日(土)

 第34話 バレンタインチョコレートの味
投稿:院長

214日はバレンタインデーです。

 

若い時は少なからずバレンタインデーにまつわる「甘くて切ない経験」があるのではないかと思いますが、歳を重ねるにつれ、ドキドキ感がなくなり、儀礼的になってくるのは仕方ありません。

 

先日、医師向けのサイトで「毎年何個チョコレートをもらっていますか?」という質問があり、およそ8割の医師は5個以下と答えており、多くの医師にとっては地味なバレンタインデーのようです。

 

バレンタインデーに関する医師の意見では「ホワイトデーに返すのが大変だ」、「企業の商業戦略に乗せられている」、「こんな習慣は早くやめてもらいたい」、などと否定的な答えが多かったのですが、チョコの数が少ないことに対する妬みの感情も含まれているようです(笑)。

 

かく言う私も、チョコレートの数は子供達よりも少ない年が続いているのですが、私の場合、これも「自然の摂理」と受け止めています。

 

話が変わりますが・・・チョコレートと言えば、甘いおやつの代表のようなイメージですが、最近はカカオに含まれるポリフェノール含有量の多さから健康食品として注目を集めており、ある病院の高血圧外来では、適正量のチョコレートの摂取を推奨しているほどです。

 

スーパーのチョコレートコーナーでは、なんと8090%以上のカカオが含まれたチョコレートも売られていますが、ビターチョコと言われる通り、味は全く保証できません。

 

“良薬は口に苦し”と言いますが、“良チョコは口に苦し”というわけです。

 

健康ブームに乗って、これからのバレンタインデーは、「苦くて切ない経験をする日」、そしてホワイトデーでは、「苦さの倍返しをする日」ということになるのかもしれません。



2019年2月13日(水)

 第33話 笑う門には・・・
投稿:院長

診察する時、まずは患者さんの表情を確認しますが、表情がさえない時に必ず聞く言葉があります。

 

「最近、笑っていますか?」

 

この言葉を聞いて、「そういえば最近笑ってなかったね」という方が少なくありません。

 

そんな時、私は「〇〇さんの笑った顔を是非見てみたいですね。ここで笑ってもらえませんか?」と“おねだり”すると、ほとんどの方がニコッと笑ってくれます。


この笑顔を見ると、付き添っているご家族も、診察している私もとてもハッピーな気分になれます。

 

笑わない理由、笑えない理由は色々あると思いますが、笑うためには理由は必要ありません。

 

米国の往年の心理学者のウィリアム・ジェームスは「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」という有名な言葉を残しています。

 

これは心理的にも証明されていて、笑顔でいる時としかめっ面をしている時は、物事の捉え方が変わってしまうこと、笑顔は他の人に“伝染”することが明らかになっています。

 

笑顔は身の回りの出来事がよりポジティブに感じられるようになり、周囲にも伝わるのです。


まず、朝起きたら鏡の前でニタ〜と笑ってみましょう。口角を上げて目尻を下げる要領です。この際、しわの数は気にしない!

 

きっと鏡の向こうの顔が、自分をハッピーにさせてくれることでしょう。



2019年2月12日(火)

 第32話 所有物ではない
投稿:院長

私が今まで心に響いた言葉の一つに「子供は親の所有物ではない」「子供の人生は親であってもコントロールすることはできない」が挙げられます。

 

この言葉を聞いて、子供が自分の言うことを聞かなくても「子供を支配しようとしてはいけない」という自制心を持って子供に接することができるようになった気がします。

 

最近、子供の虐待が話題にのぼりますが、躾と称して実は子供を自分の所有物のように扱っている親が非常に多いように思えます。

 

どんなに幼い子供であっても親とは別な人格をもった人間なのです。

 

これは医療や介護にも通じるところがあります。

 

意思表示できなくなった患者さんに対して、医療者や介護者の一方的な都合で患者さんの治療方針や介護方針が決められていないか常に点検していく必要があると思っています。

 

「本人だったらどんな治療や介護を望むのだろうか?」

 

患者さんの周囲にいる人々が、患者さんの今までの人生の歩みを振り返り、想像を働かせ、皆で協力してサポートしていきたいものです。

 

話は変わりますが・・・私達は自分の家族を表現するときに「私の子供」「私の親」「私の妻」「私の夫」などと、全く違和感なく所有格を用いたりしていますが、本来なら、「私達が生み育てている子供」、「私を生み育ててくれた親」という表現が好ましいのではないか?なんて考えたりしています。

 

上司が部下を表現するときに「自分の部下」ではなく、「自分を支えてくれる部下」なんてカッコよく表現出来たら、世の中にパワハラがなくなるのではないかと秘かに妄想を抱いています。



2019年2月9日(土)

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