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 第163話 新型コロナウイルスに備えるために−抗生物質を正しく使おう!−腸内細菌への影響−
投稿:院長

※ここに記載された内容について、電話による個別の健康相談は行っておりませんので、ご了承下さるようお願い致します。

 

もし、日常診療で5種類の薬だけしか使えないとしたら、抗生物質、ステロイド剤(吸入や軟膏を含めて)、利尿剤、鎮痛薬(アセトアミノフェン)、漢方薬を選択すると思います(あと一つ加えるとしたら便秘の薬?)。とにかく、この5種類の薬剤には、患者さんも治療する私も何度も助けられてきましたし、今後も絶対に欠かせない重要な薬剤です。

 

中でも、抗生物質は、感染症との戦いの長い歴史の中で、人類に大きな恩恵をもたらしてきました。

 

しかし、抗生物質が広く使われるようになるにしたがって、1900年代の後半から、薬剤耐性(AMR)感染症が世界的に拡大し、抗生物質の使い過ぎが問題になってきました。

 

世界協力開発機構OECDのレポートでは、2013年の時点で、AMRに起因する世界の死亡者数は低く見積もって1年間で70万人、何も対策を立てないと2050年にはアジアを中心に、なんと1000万人の死亡が予想されるとしています。

 

また、2013年の資料では、日本の抗生物質の使用状況を他の国と比較すると、日本では、幅広い細菌に対して抗菌作用のある第三世代セファロスポリンやフルオロキノロンといった抗生物質を使用している割合が突出して高いことが明らかになっています。

 

これを受けて国際社会では、薬剤耐性感染症の蔓延を防止することを目標に、AMRに対する行動計画が策定され推進されてきました。具体的には、WHOでは、2015年にAMRに関するグローバルアクションプランが採択され、日本でも2016年から2020年までの5年間で、医療における抗生物質の使用を適正化し、主な微生物における薬剤耐性率を低下させることを数値目標として掲げて取り組みがなされてきました。

 

そして、AMRアクションプランの最終年であった今年、新型コロナウイルス感染症が全世界に広がっています。

 

この状況の中で、私たちは抗生物質をどのように有効利用していけばよいのでしょうか?

 

ご存知の通り、抗生物質はウイルス感染症には効果がありませんが、私の個人的な経験から、ちょっとした風邪症状に対して抗生物質の処方を希望する患者さんは少なくないし、医師も抗生物質を安易に処方してしまうことがたびたびあるのは事実です。

 

しかし、このような患者さんや医師の間で、抗生物質が腸内細菌に及ぼす影響について深く認識したり説明したりすることはほとんどないと言ってよいと思います。

 

そこで、今回は、なぜ抗生物質の適正使用が必要なのか、抗生物質と腸内細菌との関りを中心に書いていきたいと思います。

 

【腸内細菌と腸管の免疫細胞との共生】

免疫細胞は、腸内細菌から様々なシグナルを受けて“教育され”、その機能維持や分化に腸内細菌が重要な役割を果たしていることが分かってきました。以下、腸管における免疫細胞と腸内細菌の相互作用についてまとめてみました。

 

●腸管上皮リンパ球

腸内細菌層に関連した分子パターンを認識し、腸管組織の修復、抗菌ぺプチドの産生、微生物に感染した上皮細胞を自然死させることにより感染の拡大を防ぐ働きがあります。

 

●腸管上皮細胞

腸内細菌の構成成分である糖脂質を感知し、抗菌ペプチドの分泌維持に関わっています。

 

●樹状細胞

抗原提示の役割がありますが、それ以外に、腸内細菌の鞭毛を感知したり、自然リンパ球を介して抗菌ペプチドの分泌維持に関わっています。

 

●免疫グロブリンA産生細胞

IgA抗体を産生し、腸管粘膜の細菌、ウイルス、毒素に結合してこれらを排除することにより粘膜免疫を担っていますが、腸内細菌が免疫グロブリンA産生細胞の分化に重要な役目を果たしています。特にセグメント菌(※)は、免疫グロブリンA産生細胞やIgA抗体を増加させる働きがあります。

 

※セグメント菌とは、分節した特徴的な形態を持ち、クロストリジウムに属すると考えられています。

 

Th17細胞

T細胞に属し、腸管上皮細胞を活性化することにより、抗菌ぺプチドの産生を促進し、腸管粘膜の防御力を高め、病原菌や真菌に対する感染防御の役割を果たしていますが、セグメント菌は、自然リンパ球のTh17細胞への分化を強く誘導することが知られています。

 

●制御性T細胞

Treg(ティーレグ)と呼ばれ、宿主への過剰な免疫応答に対して抑制的に働き、クロストリジウム菌や菌が産生するプロピオン酸や酪酸などの短鎖脂肪酸が制御性T細胞の分化や産生に重要な役割があることが解明されています。特に、アレルギー疾患、炎症性腸疾患、自己免疫疾患でこれらクロストリジウム菌が減少していることが報告されています。

また、制御性T細胞は、IgAの産生を通して腸内細菌のバランスを維持することに働き、逆に、バランスの良い腸内細菌は、制御性T細胞やIgA抗体の産生を通して健全な腸管免疫を維持することに働き、双方向からお互いを制御していることが知られています。

 

B細胞

抗体の産生に関わっていますが、腸内細菌の構成成分ある糖脂質を感知することにより、脾臓におけるB細胞分化が促され、体内を循環する抗体量が維持されています。

その他、腸内細菌は、免疫細胞のシグナルを調整してワクチンの免疫応答に影響を与えています。

 

【抗生物質が腸内細菌に及ぼす影響】

腸内細菌のバランスが変化し、量的・質的に異常をきたした状態をディスバイオーシスdysbiosisと呼びますが、近年、ディスバイオーシスと炎症性腸疾患、肥満、糖尿病、動脈硬化、関節リウマチ、パーキンソン病、多発性硬化症など様々な疾患との関連が報告されています。

 

ディスバイオーシスの要因には、生活習慣、食事、薬剤など様々なものが挙げられますが、中でも、抗生物質は、ディスバイオーシスに強く関係しています。以下、抗生物質が腸内細菌に及ぼす影響を調べた研究を紹介します。

 

感染症の患者に対して抗生物質を投与し、抗生物質が腸内細菌フローラに与える影響を調べた研究では、フルオロキノロンとβラクタム系抗菌薬を7日間内服すると、投与終了時には、腸内細菌の多様性が25%減少し、主要な29の細菌群が12群に減少した。また、菌の構成の変化では、一般的に悪玉菌に分類されるバクテロイデス群の割合が増え、クロストリジウム菌が属しているファーミティクス群の割合が減少した。

 

ボランティア対して抗生物質を投与し、抗生物質が腸内細菌フローラに与える影響を調べた研究では、クリンダマイシンを10日間投与しDNA解析をした結果、内服1か月後でも21の細菌群の割合の減少が認められ、うち18群がクロストリジウム菌に属していた。また、便の培養を行った結果、投与直後にはビフィズス菌群と乳酸菌群がともに減少し、特にビフィズス菌群は投与12か月後になっても投与前の状態に回復しなかった。

 

シプロキサシンを10日間投与しDNA解析をした結果、内服1か月後でも15の細菌群の割合が減少し、うち8群がクロストリジウムに属していた。また、便の培養を行った結果、投与直後では、大腸菌群とビフィズス菌群の減少が認められた。

 

以上の結果から、抗生物質はビフィズス菌やと乳酸菌といった善玉菌に分類される細菌や、制御性T細胞の分化に重要な役割を果たしているクロストリジウム菌に大きな影響を及ぼしていることがわかります。

 

【抗生物質が腸内細菌を介して免疫システムに及ぼす影響】

抗生物質は、「腸内細菌と腸管の免疫細胞との共生」で記したすべてのプロセスに影響を与えますが、腸内細菌を通した抗生物質の弊害について大きく2つに分けると、1)病原菌に対する防御機能の低下、2)アレルギーをはじめとする免疫の異常を促進することになります。

 

●病原菌に対する防御機能の低下 

抗生物質は、腸管粘膜の粘液、抗菌ぺプチド、IgA抗体、Th17細胞の産生、短鎖脂肪酸の産生を抑制し、腸管の病原菌に対する防御機能を低下させます。

また、特定の細菌は、偽膜性腸炎の原因となるクロストリジウムディフィシル菌、病原性大腸菌、カンジダなどの真菌の増殖を直接的、間接的に抑制していますが、抗生物質は、これらの病原菌に対する腸管の防御機能を低下させます。

 

●制御性T細胞への分化を阻害

抗生物質は、クロストリジウム菌を阻害し、制御性T細胞への分化や組織修復分子を低下させ、腸炎やアレルギーを介した炎症を促進する可能性があります。

 

Th17細胞への分化を阻害

抗生物質は、セグメント菌を阻害し、Th17細胞への分化を低下させ、病原菌に対する免疫応答を低下させる可能性があります。

 

今回は、腸内細菌が、免疫システムとの相互作用の中で重要な役割を果たしていることや、抗生物質が、腸内細菌を介した免疫システムに大きな影響を及ぼしていることを書いてきました。

 

新型コロナウイルスに対しては、感染予防対策と並び、個人の免疫力を高め、それを維持することがとても重要です。そして、個人の免疫力を高める取り組みというのは、感染症に対する予防だけでなく、これからも続く人生をいかに健康的に過ごすか、健康長寿をいかに実現するかという長くて広い視点に立った時に、とても大切な取り組みだと考えています。

 

今回は、専門用語ばかりで難しかったという方も多いかもしれませんが、せっかく自分の腸に住み着いてくれている可愛い細菌(?)に対して、高い賃貸料(代償)を要求することのないよう、赤ちゃんに接するような気持で愛情を持って接していきたいものです。

 

次回は、今回の続きとして、抗生物質の適正使用に関連する臨床試験を中心に書いていきたいと思います。


2020年5月9日(土)

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